妄想アカデミズムにかこつけて反芳香族の話をする
東大きらら同好会みたいに、麻布学園きらら同好会でも記事を書く文化を作りたいと思いました。ヰンジゴカルミンと申します。
【新歓】「妄想アカデミズム」にかこつけてε-δ論法の話をする - 東京大学きらら同好会を読んでいたら反芳香族の話をしたくなりました。
妄想アカデミズムという素晴らしいマンガがありまして、その作中第6話でベンゼンや軌道についての話題が出てきます。
「sp混成軌道は120°の広がりを持っているから4つの炭素で環を作ることはできなくて―」
この台詞、ちょっと気になりませんか?
まず妄想アカデミズムのキャラクターにはもっとくっついて仲良くしてほしいですし、そのためには炭素にもspで4員環を作ってもらいたいものです。
ということで、妄想アカデミズム第6話をもっと理解する・してもらうためにシクロアルケンと反芳香族の話をしようと思います。
ただし、私は化学にとても詳しいわけではないので、この記事に嘘が含まれている可能性が多分にあります。もし見つけたら(@ousui_0052)のDMなどでこっそり教えてください。
軌道って何?
いきなりこの炭素の軌道が~という話をすると、これを読んでいる方々を宇宙に飛ばしかねませんが、(図2)長くなりそうなので割愛します。
多分インターネットで調べれば簡単な説明が見当たると思うので、そちらを参照してください。
混成軌道と結合角
軌道には様々な種類がありますが、今回出てくるのはs軌道とp軌道です。
それぞれこんな形をしています(図4)。
通常、これらの軌道の重なり具合が一番大きくなるように(=原子核間の電子密度が最大になるように)原子同士が結合します。
しかしながら、空間的に方向性を持たないs軌道と、方向性を持つp軌道×3を同時に眺めて、どこが一番重なりが大きくなるかを見出すことは至難の業です。そこで、混成軌道という近似を用います。先に軌道を足し合わせておくわけです(図5)。
ここで、sp, sp, sp混成軌道は、それぞれs軌道にp軌道を1つ、2つ、3つ足し合わせた軌道です。それぞれに対して2つ、1つ、0つのp軌道が余りますから、これが作るπ結合によって多重結合が可能になります。
この混成軌道のローブ(=広がっている部分)の角度が結合角として、通常みられるわけです。
莉子が言っていた、「sp混成軌道は120°の広がりを持っているから~」という台詞は、ここからきていたわけですね。
すべての炭素原子は、「混成軌道通り」にしか結合できないのか
しかし、混成軌道と結合角が必ずしも一致するとは限りません。その例としてシクロプロパンがあります(図6)。この分子は少々不安定ながらも、常温常圧で存在します。
この分子、見ただけで結合角が60°であると分かります。シクロプロパンは単結合しか持ちませんから、sp混成であり、結合角は109.5°であるはずです。しかしながら、図7のように、ローブ同士を折れ線形に交差させることによって、結合角60°を達成しています。また、結合角を無理やり小さくしていることから、この分子には「ひずみ」が生まれ、不安定化を起こします。
このように、混成軌道から予想される結合角とは異なるものの、安定に存在する例は多く存在します。
これを見ると、同様にsp混成で4員環も多少の不安定化を伴いつつも、比較的安定に存在する気がしてきました。
もっと電子に寄り添って考える
上では混成軌道によって、分子の立体的な安定性について考えました。しかし、分子の安定性を決める要因はそれだけではありません。分子軌道による電子のエネルギーも同じく重要です。
sp混成の4員環炭化水素分子であるシクロブタジエンの分子軌道を考えてみましょう。これは、ヒュッケル法を用いて万年方程式を解くことによって求められますが、行列などの高度な数学を用いる必要があります。流石にこれを解くのは難易度が高い、ということで、より定性的に議論してみましょう。フロンティア軌道論によって分子軌道を予想します。
シクロブタジエンのような分子の場合、反応に寄与するHOMO、LUMOはπ軌道によるものだと考えられます。したがって、π軌道の相互作用にのみ注目して議論を単純化します。
次に、注目するシクロブタジエンの軌道は、エチレン二つの軌道の相互作用によって形成されると考えます。注目するのはπ軌道ですから、エチレンのπ軌道に注目して相互作用を考えてみましょう。
始めに、被占軌道であるπ、π、空軌道であるπ*、π*がそれぞれ相互作用して、過渡軌道1’~4’を形成します(図8)。
ここで、過渡的軌道2’、3’に注目します。どちらの軌道も、C1~C4の軌道の広がりが等しく、また片方の軌道の位相は、もう片方の軌道において、シクロブタジエンの正方形を90°回転させたものに等しいです。このことから、2’、3’はエネルギーが等しい軌道であると考えられます。
2’、3’が縮退していることを加味した過渡的軌道である2’’、3’’は、これらを足し引きしたものになると考えられ、図8右に示した軌道を得ます。
最後に、それぞれの過渡的軌道への空軌道や被占軌道の混入を考えますが、1’は対称、2’'、3’'は非対称、4’は反対称であるため、これらはいずれも混入せず、そのまま求める軌道1~4を与えます。
このようにして、シクロブタジエンのエネルギー準位図を見積もることができました。これを見ると、2、3は縮退しており、それぞれの軌道にひとつずつしか電子が入っていないことが分かります。軌道が埋まりきっていないため、このようなエネルギー配置(三重項)は非常に不安定です*1。
このことから、シクロブタジエンは分子軌道の観点から不安定であることが分かりました。
このような議論を一般化すると、π電子が4n個のπ環状化合物は不安定であるという性質、すなわち反芳香族性を説明することができます。
幻のsp混成4員環分子
前節までで、結合角がもたらすひずみによる不安定化、三重項による不安定化について考えました。
ここまでで察している方も多いかと思いますが、不安定化のダブルパンチにより、シクロブタジエンは通常安定に存在しません。極低温において遊離のシクロブタジエンを観測することができるものの、-200℃においても容易に反応を起こすほど不安定です。
しかしながら、未春たち4人の結びつきはそれほどまでに不安定で儚いものだと思いたくない方々は多いのではないでしょうか。私は思いたくありません。
そんな方々に朗報です。実は、適切な保護を施すことによって、安定に存在することができます。
例えば、シクロブタジエンにフェニル基を置換したテトラフェニルシクロブタジエンは、鉄などの遷移金属と錯体を形成し、安定に存在することができます。また、ホスト化合物内にシクロブタジエンを閉じ込めることで安定に存在することができるようです。
作中への応用
ようやく、悲願であった「4つのsp炭素を環状にくっつける」ことに成功しました。これで安心して未春たちの行く末を見守れますね。
最後に、シクロブタジエンの構造に触れて終わろうと思います。
シクロブタジエンはπ電子の重なりによって不安定化が起こっているために、長方形の形をしています。もちろん二重結合が短辺、単結合が長辺です。また、これにより、π電子は共役をしておらず、二重結合の組換えた化合物とは平衡状態にあります(図9)。
このことを作中の設定に落とし込んでみましょう。普段の親密度から推測するに、未春-莉子、ゆう-一葉間が、結合距離の短い2重結合で、また、未春-ゆう、莉子-一葉間が単結合で繋がれていると考えることができます。
ここで原作を参照すると、同一の順で環を作るように描写されており(図1)、見事に一致しました。
また、単結合と二重結合の組換えには活性化エネルギーが必要であることから、ある程度のエネルギー(たとえばキスしたことによる後悔や動揺)によってこれらの関係が入れ替わることが示唆されます(例えば13話)。
以上より、妄想アカデミズムにおける人間関係をシクロブタジエンに落とし込むことによって、作中での事象を説明することができました。
最後に
このような怪文書に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。